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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)675号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大森鋼三郎の上告理由第一、(五)について

記録によれば、被上告人に対し、本件係争地が被上告人の所有に属することの確認を求め、その理由として、右土地は被上告人が昭和三七年六月二一日鈴木幸松から買い受けた分筆前の静岡県富士市入山瀬字下田一一六番一の土地(以下「分筆前の一一六番一の土地」という。)に含まれる旨主張し、上告人は、被上告人が鈴木幸松から買い受けた土地は、第一審判決添付図面(以下「図面」という。)記載の(イ)点と(ハ)点とを結んだ線(以下「(イ)(ハ)線」という。)よりも東側であり、本件係争地はこれに含まれていない旨主張して争つているものと理解される。

これに対し、原審は、分筆前の一一六番一の土地から分筆した一一六番六の土地(以下「本件土地」という。)を被上告人が所有するに至つたことは当事者間に争いがないとして、本件土地が本件係争地に当たるか否かを検討し、(1) 分筆前の一一六番一の土地及び分筆前の同所一一六番二の土地(以下「分筆前の一一六番二の土地」という。)はいずれも鈴木金太郎の所有であつたところ、分筆前の一一六番一の土地は、昭和の初めころから富士製紙株式会社、王子製紙株式会社、被上告人へと順次賃貸されたが、どの会社が使用していたときにも、図面記載の(イ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の各点を順次直線で結んだ線上に板塀を設けて隣地(分筆前の一一六番二の土地及び本件係争地)との境とし、使用範囲を区分していた、(2) その後板塀は撤去され、その跡に桧の生垣が設けられていたが、分筆前の一一六番一の土地を賃借していた被上告人は、昭和三七年六月二一日鈴木金太郎の家督相続人鈴木幸松から右土地を買い受け、従前どおり区分された使用範囲の土地を工場敷地として用い、昭和五〇年ころには桧の生垣を撤去して、そこに有刺鉄線を張りめぐらした、(3) 本件係争地及びその西側の分筆前の一一六番二の土地については、昭和の初めころより、その東側約半分を上告人先代が、西側約半分を金子豊彦が、それぞれ鈴木金太郎から借地していたところ、金子豊彦の子彦治郎は、昭和四九年四月八日契約書に「一二八坪の半分約六四坪」と明記して、鈴木幸松から分筆前の一一六番二の土地の西側半分を買い受けて一一六番四とし、また、上告人は、昭和五一年七月一九日に鈴木幸松から分筆前の一一六番二の土地のうち金子彦治郎が買つた残りの部分(現在の一一六番二の土地)を買い受けたが、本件係争地をも買い受けたものと信じ、引き続きこれを占有使用している、(4) 図面記載の(イ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の各点を順次直線で結んだ線を分筆前の一一六番一の土地と一一六番二及び同番四の各土地との境界線とした場合の分筆前の一一六番一の土地の実測面積は、公簿面積二一七四・九〇平方メートルより六三・七二平方メートル少なく、これに反し、上告人が占有使用している本件係争地及び一一六番二の土地の実測面積は、一一六番二の土地の公簿面積二一一・五五平方メートルより九一・三八平方メートル多く、一一六番二の土地に隣接する一一六番四の実測面積は、公簿面積二一一・五八平方メートルより五・六一平方メートル多いことが判明した、(5) 被上告人代理人小山美登二は、図面記載の(ハ)点より(イ)点及び(ロ)点を結ぶ線に下ろした垂線(図面記載の(ロ)点及び(ハ)点を結んだ線。以下「(ロ)(ハ)線」という。)が公図上の境界線とも一致する分筆前の一一六番一の土地と同番二の土地との境界線であると考え、本件係争地を分筆登記した、との事実を確定したうえ、(イ)(ハ)線は被上告人らが隣地との使用上の区別をしていた線で、いわゆる地番境として公的に設定、認証された境界ではなく、分筆前の一一六番一の土地と同番二の土地との公的境界線は、(ロ)(ハ)線であることが認められるとして、被上告人の請求を認容した第一審判決を維持した。

しかしながら、一筆の土地の一部(以下「甲部分」という。)が右土地のその余の部分(以下「乙部分」という。)から現地において明確に区分され、甲部分は甲に、乙部分は乙にそれぞれ賃貸されたのちにおいて、甲が目的物を当該一筆の土地と表示して売買契約を締結したとしても、他に賃貸されている乙部分を含むとする旨の明示的な合意がされている等特段の事情のない限り、取引の通念に照らして甲部分のみを売買の目的としたものと解するのが相当というべきである。本件において、原審の確定した前記事実によると、分筆前の一一六番一の土地を買い受けた被上告人は、上告人の占有使用している本件係争地を含まない土地を借地として使用し、しかも、当該土地と本件係争地との間には、被上告人より前の借地人が使用していたときから板塀又は生垣が設けられており、被上告人自身も、本件土地を買い受けたのち、同じ場所に有刺鉄線を張りめぐらしたというのであるから、本件係争地が分筆前の一一六番一の土地に含まれるかどうかは別として、他に特段の事情のない限り、被上告人が本件係争地を含む土地を買い受けたものと認めることは、経験則上是認することができないというべきである。そして、原審の認定する実測面積と公簿面積との関係だけでは、右の特段の事情があるものということはできない。

そうすると、首肯するに足りる特段の事情の存することについて認定説示することなく被上告人が買い受けた土地に本件係争地が含まれるものと認めた原判決には、法令違反若しくは理由不備の違法があるものというべく、論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件は、右特段の事情の存否について更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、その余の上告理由についての判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎)

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